日々のたんなる記録とか


by gilarmin
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四月十六日

今日はいつものようなつまんねー日記ではなく、ちょっとだけ真面目な話を。

クイックジャパンという雑誌がある。主な記事内容はサブカルチャー関連のもの。そのボリューム31号(2000年6月発行)において、今でも心に残る記事、エッセイがあったので、著作権とかを度外視して掲載します。

……まあノスタルジーなどという話は、この過酷な現代においては何の意味もないから、つっこんで書くことはしないが、思うところ僕は、いくつかのことをあきらめたのである。

今あきらめるという言葉が気に入ってる。世間というものは、あきらめるという言葉を、がまん、に置き換えて、ネガティブな言葉を、嘘のポジティブさに変えてきたのではないかと思うのだ。あきらめが肝心という肯定的な使われかたをする場合もあるにはあるが、それはそれでよい。

とにかく、ひとつひとつあきらめることだ。
もっと有名になりたい、もっといい生活がしたい、もっと美人になりたい、もっと人に好かれたい、もっと、もっと……。
あるいは、あいつをなぐりたい、人を殺したい、リベンジしたい etc 、ひとつずつあきらめよう。

冷たい親や人間は、がまんや忍耐力が欠けていると言って子供を教育しようとしているが、今の日本の子供あるいは少年少女に欠けているのは、自由、というものだ。
とことん自由になるためにはもっとあきらめるのだ。

目の前にちらつく手が届きそうもない欲求、金銭欲、それらをひとつひとつあきらめること。
がまんするのではなく、あきらめるのだ。

ただし自分や他人を傷つけることなく、息苦しくなる原因をひとつずつあきらめて、自由を獲得したいものだ。
自由を得るため不必要ながまんをせずに、持てあます情報を見極めて、あきらめる。
あきらめても、あきらめても、あきらめきれない強いものが見えてくるはずだ。


これを書いたのは、素晴らしいトランペットの音色を聴かせてくれる、こだま和文という人である。

あきらめる。その言葉が、今、自分にとって非常に重要なものに思えてしょうがないような気がする。これを最初に読んだ時に受けた感銘とは関係なく、リアルな感情として。

・・・
world's end girlfriend 「 The Lie Lay Land 」
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by gilarmin | 2005-04-17 01:02 | 日記